すみれの壺

produced by 青野すみれ

断捨離しすぎるとなくなってしまうかもしれない大切なもの

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先日母方の祖母の法事に
祖母が昔着ていた喪服を着て出席してきました。
 
昭和一桁生まれの祖母が着て
その後は母が着て
つい先日、私が譲り受けた喪服です。
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祖母が今の私くらいに着ていたと考えてもう50年くらい経つヴィンテージ物。
地模様が入って縫製もしっかりしていて昔のものって本当に丁寧に作られていますね。
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こういうタグをみるとテンションが上がるのは私だけでしょうか。いかにもヴィンテージな感じが好きです。
 

 

「 受け継いでいくモノ」の大切さ

これを着て仏壇の前に座りながら
おばあちゃんがこの服を着ていた頃を想像してみたり、娘や孫まで着られるように。と大切に保管してくれていたんだろう。と考えるとじんわり感動して涙がでそうになりました。
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それと同時に、何も考えず服をどんどん断捨離していると
私たちの未来にはこういう経験は無くなっていってしまうんじゃないか。という哀しい気持ちになりました。
 
未だ見ぬ私の孫は、私が残した服で私を思い出してくれるんだろうか。
もしそうなら、何を買い、何を残すべきか。。…
 
だけどそもそも孫ができるかもわからない訳だし、それが女の子とも限らない。
そんな予測できない未来の為にモノを残しておくなんてナンセンス。断捨離の理念に反しますよね。
 
きっと将来的には、服はレンタルしたりシェアしたりが当たり前になってると思うし。
 
でも完全にそうなってしまったら私が今回感じた「モノが受け継いだ絆」もきっと感じることができなくなっていってしまう。
 

厳選して残していきたい

1点くらいは、代々続く大切な服やモノがあったほうがいい。それを何にするかを見極める目と、きちんと管理していく時間と心を持つことができるようなミニマリストでありたい。家族のモノは特に。
そうなれるように考えていきたい。と思う出来事でした。

 

 

 

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