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すみれの壺

produced by 青野すみれ

マイホームを買う=幸せではない

ミニマリスト 身軽になる
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夏至が近づいて、19時をすぎても明るいですね。

窓からの夕景が綺麗で、ついつい夕飯支度が遅れてしまう今日この頃。

 

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そういえば、この団地に住んで7~8年経ちますが、もともとは仮住まいの予定でした。

職場へのアクセスがよかったのと、家賃を安くあげて、しばらく貯まったらお家買おうか。っていう計画でした。
 
当時は家族を持ったら家を買う=「幸せ」みたいな方程式への思い込みがあったんだと思います。
 
 
でも住み始めてみると、ここのコンパクトさと自然の多さが快適で
長く住んでみたくなった。その気持ちと、
家族ができたら、家を購入する。という一種の幸せステイタスみたいなものとの間で、
ずいぶん、気持ちが迷走していた時期がありました。(今思うと他人を意識しすぎた妄想に近い。)
 
 
 

広くて大きなお家に住むのが幸せなのか?

それがわたしたち家族にとっての快適と幸せになるのか?

ずっと心のどこかに疑問があったと思います。

 

けれどなぜか、その気持ちを隠すように暮らしていた。

どこかで世間体?を気にしたり、

誰かが新しく家を買ったよ。と聞くとなんだか自分たちの暮らしが劣っているように感じたりしながら。

 

 

そんな表にはっきりとでない迷いの期間を経て、自分たちは「持たない暮らしで行く」と決めてからは、ずいぶんスッキリとしました。

「最小限主義」という暮らしの選択やスタイルがある。と知れたことや、

そのことをはっきりとオープンにしてブログに書けたことで、気持ちも整理もできたし「これでいいのだ」と思えたのと、気持ちの迷いを手放せたのはすごく良かったこと。

 

 

そんなに働かなくても大丈夫と思える

マイホーム買う→父ちゃん母ちゃん頑張って働く→時間がない→家事が捗らない→忙しくて家が片付かない→せっかくのお家が居心地悪くなる…

 

そんな負のループになる予感がした時、わざわざループに入らないでもいいや。と選択を切り替える事ができました。

 

今、私は働く量も減らして、ずいぶんのんびりと子供と過ごしていますし、

主人はやりたかった仕事を、毎日忙しそうにやっていますが、もし嫌になったり体調をくずしたりしても無理に続けなくていい。って言ってあげられると思います。

(中国帰ってもいいし!)

 

その心の身軽さは、私が毎日を豊かに暮らしていけている軸のように感じます。

 

 

マイホームを手に入れる=幸せではない。

自分たちにあったサイジングの住まいで、お金と時間のバランスがうまくとれていること。
それがいちばん気持ちの余裕が、作りやすい。
そして幸せはその余白を使って感じることなんですね。
 
 
私たちにとっては、持ち家ではなくコンパクトな賃貸。という選択がその余白を生み出している。暮らしやすいし、いつでも手放せるって最高だな。って思います。
 
 
けれど、満足というのは結局は人それぞれなので、
もちろん、お家をどうしても買いたい!っていう人がいたら、買ったらいいと思うし。でもそれを選択していて、毎日忙しい、時間がないと嘆いていたり、
仕事を無理して続けたりしなくてはいけなくなったりしている状況をみると、なんだか違うな〜。と思うのです。
 
 
 
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