すみれの壺

produced by 青野すみれ

中国人夫の料理が気付かせてくれたこと

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わたしが仕事で外出することが多いと夫のごはんが食卓を彩ります。

きのうは帰るとチャーハンが。

 

夫のつくるチャーハンには、いつもキュウリが入っています。
写真もネギに見えるけど、じつは細かく角切りしたキュウリ。

 

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キュウリを炒める文化との出会い

そもそも、私はキュウリを炒めるという概念がなく育ってきたので、

初めて見たときはとてもびっくりしたんだっけ。

 

でもシャキシャキして美味しいんです。今まではキュウリを炒めるのは、すっかりわが家の定番になりました。

 

以前のこのレシピも、夫から教わってアレンジしたもの。

中国では、キュウリやトマト、レタスも炒める。生で食べるより火を通すのが基本の習慣です。

それは昔から、中国は水がたくさんある環境じゃなかった。

よく洗うよりは、火を通すことで食材を殺菌して食べてきたからだそう。

 

また広い国土で、食材を運輸するのも時間がかかる。

内陸に行けば行くほど、つよく火を通したり辛くして食べる文化なのにも納得です。

 

 

食に対する考え方の変化 

それまで、私が考える食べるということは、楽しみの時間というイメージでした。

だから、作る時もとっておきに美味しいものを作らないと。と思っていた。

 

もちろん「楽しみの時間」ではあることは大切だけれど、

それ以前に、食べるということは、自分の身体を作る。守る。整える。生活の一部なんだな。としっかり意識できるようになりました。

 

何のメニューを作るかより、この食材はみずみずしいか。とか、硬いかとか

だったらどうやって食べたら良さそうだろうとかいうふうに、

毎回食材自体にフォーカスして料理を考えるきっかけにもなった。

 

 

同じ食材でも、同じメニューでも、その場所、その季節によって違ったアレンジがあるのが自然。

逆に考えれば、決まったレシピなんてあってないようなモノ。

 

 

当たり前はあってないようなもの

私が、料理や食べものに対しての固定概念を外して、気楽に向き合えるようになったのは、こういうことを彼の作る料理から知っていったからかもしれないな。

そう思います。

だからレシピにこだわりすぎない。

 

 

今日はこれから、ギョーザ作りだそうです。帰宅すると、生地が寝かせてありました。

 

今では餃子を包む時間は、中国文化についてや実家のことを思い出したりして、夫婦で話す良いコミュニケーションの時間になっています。

 

そうして、またとつぜん今までの「普通」をぶっ壊す発言や考えと、とつぜん出会ったりする。

皮包んできます。

では。

 

 

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