すみれの壺

produced by 青野すみれ

受け入れようと努力するのをやめたこと

広告

「中国好きか?」と改めて彼の家族に聞かれたので、思い切って、
「食べ物は好きだけど、文化はあんまり好きじゃないよ。」
とハッキリ答えてスッキリした。
その後に
「好きじゃないけど、少しずつ理解はしてるよ」
そう付け加えた。

 

f:id:aonosmile:20160815140400j:image

初めて中国に来たのは、約10年ほど前。結婚してすぐのこと。
当時は北京五輪開催よりも前で、今ほど開発もされてなく、日本との暮らしとギャップがありすぎて楽しむよりもひどく疲れたのを覚えてる。

ひどく疲れたのは、それが今までとは違って海外旅行や留学じゃなく、パートナーの国に来ているんだ。というプレッシャーだったからだと今ならわかる。

これから、何十年関わっていくだろう国の文化や慣習を少しでも理解しなくては。ずいぶん過剰な気合いを入れて来ていたように思う。


何度かこちらに足を運んでいると、
なるほどね。と納得できる文化ももちろんあるけど、だいたいは受け入れにくい、好きではないと思うことが多いのが事実。

はじめは受け入れていくことが、
家族円満に繋がると思ってて
無理して合わせたり、
自分が柔軟に変わっていこう。
そんな風に考えることが多かった。



相手の文化や風習を受け入れようとすることをやめてみる

ある時、ヘンに気合いを入れている自分を客観的に見てふと気付いたことがある。
わたしは夫という「人」を好きになったのであって、彼の育ってきた文化を好きになったワケじゃない。
もし中国文化が好きで触れたいのであれば、ホームステイすれば十分。
じぶんが好きと思えないことを、「好きな人のために」「家族のために」と理由をつけて受け入れていこうとしていることは不自然なことかも。

それ以来、無理に好きになろうとすることはやめにした。


結婚後にパートナーが育ってきた暮らしのよくわからない風習やしきたりを知ることは日本人同士でもよくあることだと思う。
それを無理に受け入れようと片方が頑張ったり、どちらかが相手を変えようと圧力をかけたりするから、お互いストレスが溜まり火山の噴火が始まってしまう。

いくら好きな人のことでも、自分が嫌なことは、無理に受け入れる必要はない。自分は自分、相手は相手のスタンスがあってこそ、細く長く自立しながら続いていけるから。



知っていくことはやめない。

愛情の反対は無関心。
好きじゃない、受け入れたくないことかもしれないけど、知ろうとすることはやめずにいたい。
今は理解できなくても、
いずれわかることもあるから。
人は変わるものだから。

相手の文化に合わせて変化したり、受け入れられるのが柔軟性がある人と思いがちだけどじつは違う。
自分の変化に合わせて、考え方や暮らしを柔軟にできる。
そういう人が本当に柔らかい人。

好きじゃないこともハッキリ言ってみる。苦手と正直に向き合う。
言ってみたところで、周りに迷惑がかかるわけじゃないし。

 

自分にも相手にもウソがないこと。
時間がかかるかもしれないけれど、それがじつは1番確実にお互いを受け入れる秘訣になるんだと思う。

ブログ記事一覧

プロフィール メッセージ・お問い合せ
TwitterInstagramfeedly

広告