すみれの壺

produced by 青野すみれ

コレクションを減らしたとき「好き」がわかりやすくなった

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体調不良を気遣うメッセージを頂きありがとうございます。まだダルさは残りますが、なんとかエンジンをかけていきたいところです。

 

そんな時に友人のSNSで気づいたのがスターウォーズ展が今日まで。ダラダラを断ち切るにはちょうど良い!と思い、ひとり美術館へ繰り出しました。

 

じつはお腹に居る時からのSWファン。(母が大ファンで妊娠中に帝国の逆襲を映画館で何度も観たらしい)その潜在的な影響を受けてか、幼少時代から母の音声解説付きで鑑賞していたからか、大人になった今の今までずーっとファン。

スターウォーズ好きが功を奏して付き合った彼氏までいるくらい。これは失敗に終わる。笑

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これまで手にしたグッズは数知れず。

DVDはもちろん、関連書籍やパンフレット、フィギュアやフィギュアやフィギュア…ボトルキャップetc…集めることが好きだった私の周りには数えられないくらいのスターウォーズグッズがありました。

 

だけど今はそのほとんどを手放し済み。

結婚後、フリーマーケットや中古買取を利用し少しずつ手放しました。いま手元にあるのは、DVDが数枚(娘にもいつかSW精神を継承するべく?笑)と、ボトルキャップがいくつか。(売却した時に余ったもの)

 

なぜあんなにも欲しかったんだろう?

好きなモノはずっとそばに置いていたい。ずっとそれが普通でした。いつも眺めて好きだと思いたい。

でも逆に言えば、モノがいつも傍にないと好きだと味わえないのは本当に好きではないのかも。

グッズを減らしていくたび、そう思うようになりました。自分の傍に置くのではなく、自分の「中」に存在させた方がいい。

 

 

コレクションを減らしても「好き」の総量は変わらない。

傍にあっていつも眺めていられる満足感で好きだと勘違いしていることはよくあること。

実際にコレクションしていたもの手放してみると、いとも簡単にその存在を忘れてしまうこともよくあることです。

(服やバッグなんかがとくにそう。)

 

結局のところ、目の前に無くなったとしても忘れられず心に残っているものが

本当に好きだってこと。

 

また取り戻したくなるもの。

また経験したくなるもの。

また会いに行きたくなるひと。

 

そういうモノが今の自分にとっての本当に「好き」の指標になってる。

大量の好きに囲まれているうちには気づかない。自分がほんとうに心奪われているもの。私にとってスターウォーズはそのひとつでした。

ダルさが残りながらも起き上がり行動したのもその証。

 

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美術館があるアベノハルカスからの眺め。

昨日までの悪天候がウソのように、今朝の大阪は天気が良く外出してよかった。美術館から流れるスターウォーズのファンファーレを聞きながら眺めた青空は、清々しく気持ちが爽快になりました。

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