すみれの壺

produced by 青野すみれ

新年に起きた突然の別れ

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新しい年、酉年になりました。

今年もよろしくお願いいたします。

 

じつは、年末に夫のおじいちゃんが亡くなり新年のご挨拶は、しばらくお預け。

といっても、中国へ帰国したのは夫だけなので、

わたしは娘とふたり、初詣もおみくじも無しで、ほんとうに「何にもしない」いつもどおりの毎日を過ごすお正月になりました。

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実家でコタツを囲んで食べたお節料理やテレビから流れる箱根駅伝が唯一お正月な瞬間。

今日はそんな、娘との会話で改めて彼女が気づかせてくれた大切なこと。

 

 

さぁ、いざ休み!何して遊ぼう。と意気込んでいた娘に、パパからの突然の宣言が。「おじいちゃんが亡くなったから、一緒に過ごせない」

パパ大好きの娘にとっては、悲しすぎる宣告でした。

 

気持ちを整理する間も無く、バタバタと駅へ送り出しお別れの時。

ロータリーで手を振りながら小さくなっていくお父さんの背中を見た瞬間、大粒の涙がボロボロ。

駅で大きく泣きじゃくる娘を抱き上げ、なにか落ち着かせられる一言はないか。と思ったときに出たのが、

「そうだね。悲しいね、でもよく考えたらさ…お父さんは、もーっと悲しいんだよね。。。」

 

これは、わたしが自分自身に対して掛けた言葉でもありました。

なぜって、一刻も早く帰国させてあげたい。って気持ちがどうしても前にでてたから、パッキングや航空券の手配ばっかりに集中してしまった。ハッキリ言って、気持ちに寄り添うことを、忘れてしまってた。って気づいたから。

 

彼が改札を通る背中を見ながら、ちょっと心配になった。このあと一人で大丈夫かな。。

 

 

でも、その横で

娘はピタッと泣き止んだ。顔つきが変わってた。

 

「パパと中国のひぃおじいちゃんは、もう会えないんだよね。知ってるよ、命はひとつしかないから、亡くなるともう2度と会えないんだよね。だから絶対エリよりもパパのほうが悲しい。」

 

「でもエリは生きてるし、パパも生きてる。命があるから、また会える。だからもうさみしくない。頑張れるよ。」

 

って。

。。。。。。(言葉にならず頷く私)

いつのまにか、死に対してそこまでわかっていた娘に、感心したし、

別れに対して、そこまで悟れていればめっちゃ心強い。

 

死や別れは、子どもだからとか、大人になったからとかで状況が変わる訳ではない。誰にでもいつでもやってくること。

 

それなのに、

まだ小さいから理解できないかもとか、

可哀想だろうとかでボヤかしたり、曖昧に伝えたりしてしまうことがある。

でもきっとそれは、大人の都合であって子どもはいつも真実を知りたがってるし、いつでも真っ直ぐに理解してる。

 

真っ直ぐに理解しているからこそ、考え方もシンプルで芯があるものになる。

 

 

その芯が、大きくなってからもずっと自分の軸になって、自分を助けるんだと思う。

 

 

それにしても、夫が今回も身軽だった。

ちょうど昼に連絡がきて、16時の関空発に乗って飛び立っていった彼。

あんなに、急いででたのに、

忘れ物はひとつもなく、

残された家事もなかった。

 

窓やベランダ、車もすでに掃除されていた。

鍋や電気もピカピカ。大掃除は完璧に終わっていた。まるで準備してたみたいに。さすが、我がシンプルライフの師であります。

 

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