すみれの壺

青野すみれのブログ

謙遜は人間関係を心地よくしているか。

「すごいですね」
「私なんてまだまだですよ」
というのは、よく聞くやりとり。
今日もそんな会話を目にした。
 
突出せず、自分を下げて周りと調和しておくのがベター。という古くからの日本特有の文化だと思います。
 
多分現代では、深く考えずにそういうやりとりが、日常化している場合が多い。
 

 

私は、そんな謙遜をするのがちょっとニガテで、褒められると素直に喜ぶことにしています。
「そんなことないですよ」という返答を予想していた人は、ちょっとエッてなってるのかもしれない。
 
 
たまに、会話の流れで謙遜を口にすることはあるけれど、
気持ちに違和感が残る。
 
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謙遜は相手の心まで潜り込む原因

明らかな謙遜をされると、だいたいは本当はどう思ってるのかな?と真意を汲み取るために、相手の言葉の階層から、心の階層まで入り込むことになる。
 
その心を探る習慣が、複雑化な人間関係を生み出し、心が疲れやすい環境を増やしていく。
そしてそういう環境からは離れていたい。と感じているから違和感があるんだと思う。
 

言葉で伝えたことが全てでいい。

相手の言葉を信じて、それより深く入りこまない。それが人間関係をシンプルにしていく。
 
だから心を探る必要はない。
 
空気を読まない。なんて言われてしまうのかもしれないけれど、
周りに迷惑が掛かってないのなら、
空気なんて、読まないほうが平和にやっていける。
みんなの言葉がいつも絶対的な気持ちになれば、コミュニケーションは、もっとわかりやすく心地よくできる。
 
 

シンプルはシンプルを引き寄せる

いい気持ちも、わるい気持ちも変形させず、素直に言葉にする人の周りには、言葉を深読みせずシンプルに反応する人が自然と集まってくる。
だから、やりとりもわかりやすく、気持ちも疲れないコミュニティができる。
 
 
周りを変えたいなら、
まず自分から変わったらいい。
 
 
私が褒めた時は、相手には謙遜せずに素直に喜んで欲しいから、
これからも、謙遜せずに思ったこと言葉にしてシンプルな人間関係を増やしていこうと思う。
 
 
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