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すみれの壺

produced by 青野すみれ

コミュニケーションに語学のレベルは関係ない。娘と外国人夫の会話を眺めて感じたこと。

コミュニケーション 恋愛・結婚-国際結婚
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家族でドライブ中の話。

 
夫が、前の車の動きを見ながら「あ!」と独り言。助手席の娘が質問。「なんで、あ!って言うたん?なぁなんで?なんで?」
 
お父さんは、娘の要望に応えようと必死で説明しようとしましたが、運転中。うまく整理できずに、会話は単語をただ羅列した意味不明状態に…
(私も聞いててよく分からなかった。^^;)
 
 
夫は日本で暮らす様になってから15年近く。日本語(というよりは関西弁?)の日常会話は不自由なく話せますが、やはり複雑な状況説明や、専門的な内容の話はまだまだ苦手な部分があり、頭では分かっていても、表現に詰まることもしばしば…。
 
 
あーあ。もう日本語グダグダやん。。(苦笑)
と私が思わず2人に助け舟を出そうと、
会話に割って入ろうとした時、
 
娘の「あーちょっとまってまって!」の一言
 
お父さんが、言おうと思ったのは〜〜こういう意味?
え、違う?じゃあ、〇〇?
 
一生懸命に自分が知っているワードを投げかける娘。
それに、答えるお父さん。
 
しばらくやりとりして会話は2人の中で成立し、お互いに理解しあっていたようでした。

  

我が家では、こういう光景を見る事が増えつつあります。

4歳の娘と、在日外国人父。娘の方が父親よりも、よく知っている言葉がすでにあったりします。
いつかそうなる時が来る。と思っていたけれど想像していたよりも、随分早くにそうなりそうです。
 
ただ私がそんな光景を目にするたびに頷くことは、コミュニケーションに語学のレベルは関係ない。ということ。
 
大切なのは、
どれだけ伝えたいか。
どれだけお互いがお互いに歩み寄れるか。
 
 

よく聞く「英語が苦手なので、外国人が苦手です。」というコメントは違うということ

私たちは少なからず中学で基礎英語は習うのです。コミュニケーションできる最低限の武器は持っているはず。
 
ただそれを上手にカッコ良く使おうとしすぎて、大体の人は使う機会を自ら断ち、使い方を忘れていくのです。
 
語学と一言でいえば、単語や作文、発音…とスキルをイメージしますが、それ以前に人と人とのコミュニケーションのツールなのです。
合っているか間違っているかではなく、
伝わるか、伝わらないか。
 
国が違うだけで、相手が英語を話しているのと、例えば琉球弁を話しているのは同じ状況です。
どちらも理解が難しいけど、日本人同士だからわかるだろう。と必死で聞く姿勢や話しかけが、琉球弁を理解するきっかけになっているだけの違い。
 
 

相手があってこそのコミュニケーション

語学のスキルは個人のものですが、コミュニケーションには必ず相手が存在します。自分が完全でなくても相手がフォローして返してくれる。
その歩み寄りが、語学スキルを越えたコミュニケーションになり人間関係へと繋がっていくのです。
 
 
 

車の後部座席で

2人の会話を聴きながら、コミュニケーションについての考えを思わずブログに書き留めました。
 
そういえば結局、お父さんは何で「あ!」って言ったんだろう…。
 
普段ついついハイレベルな日本語会話を夫に強要してしまう事があるので、もう少し歩み寄らなくては。。と反省しつつ、私にとっては、異文化コミュニケーション以前に夫婦間のコミュニケーションなので、そこは敢えて時に厳しく、相手を思ってのこともあったりするのです。。
 
 
 

凧あげもしました。

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子供の頃以来の凧揚げでしたが、自然を相手にするスポーツなんだな〜と思いました。風を読んで、自らをその自然の流れに合わせながら楽しむ。
大きな空を見上げながら自然に遊んでもらうのはとても面白かったです。
 
 
そんなこんな週末エピソードでした。
 
 
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