すみれの壺

produced by 青野すみれ

シンプルなコミュニケーションとは?顔文字を通して考えたこと(・・?)

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最近気づいたら文章を書くたび顔文字を

たくさん使おうとしている私がいました。

 
可愛い顔文字を探すため、新しくアプリをダウンロードしたり。。
 
そんな時、ふと
昔職場でお世話になっていた先輩の顔を思い出しました。
 
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その先輩は絵文字、顔文字を使わないことをポリシーにしている方でした。
 
たくさん本を読む方で
「言葉で表現できないものはない。」とよく仰っていました。
それだけに、言葉遣いにも詳しく、厳しく、話し方や文章の細部にまでよく注意を受けたものです。
 
 
「絵文字に頼らなくても、自分の感情を言葉や文章で十分に表現できるはず。
そして、そう在りたいからあえて使わないようにしている」
 
そのように言われた時には、なるほど。と納得した気持ちと、自分には絶対出来ないだろう。
という両方の感想があったのを覚えています。
 
 
そして、今もう一度考えてみると
絵文字、顔文字を使えるのは良い時もたくさんあります。
例えば、言葉の壁があるとき。
分かり合えない言語同士のやりとりでも、(^_^)があれば、相手に怒っていない事が安易に伝わります。
 
見えない相手とやり取りするとき。
自分がブログやTwitterを始めて感じたことは、
見えない相手に言葉の表現だけで自分の気持ちを細部まで伝えるのは本当に難しい。ということ。
特に初めて交流する方とのやりとりには気を遣い、絵文字や顔文字を多用することもしばしば。
 
特にSNS上のやりとりは、端的に短くなるので、顔文字表現は便利なツールだと思います。可愛く上手く取り入れている方がたくさんいてほんと見習いたい。
 
 
ただ自分のブログに関しては、やっぱり「文章を書くこと」で表現していきたい。そう考えるとやはり磨くべきは、言葉の言い回しや、伝わる表現の言い回し、語彙の豊かさ。
 
文章は長くなくても、色々付け加えなくても、表現できるはず。
 
 
そんな自分にとって大切なことにふと気付いた瞬間、私の指先はそっと顔文字アプリを消していました。
 
足りない何かを補うため、人はいつも何かを欲して何かを自分に加えようとしてしまう。
 
時にそれは、便利になるけれど
自分にとっての本来の豊かさにはならない場合もある。
 
 
先輩があの時仰っていた意味を、10年以上経ち改めて感じとったのでした。
 
 
 
 


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